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単位互換制度の発足にあたって

吉田民人(社会情報学基礎理論・理論社会学専攻/元日本社会学会会長)

 

 皆さん,今日は。

 この4月に大学院修士課程(前期課程)や博士課程(後期課程)に進学された方々,おめでとうございます。

 大学教育も大学院教育も,大学の個性と個々の教員の個性という2つの柱で支えられています。ですが,とりわけ専門分化の進んだ大学院教育では,大学の個性以上に,個々の教員の個性が重要な役割を果たしています。けれども,自分の専門分化した専攻領域の研究者が自分の大学院にワン・セット揃っている──それは先生方をもの扱いした,いささか失礼な表現ですが──などということは希有のことでしょう。こうした現状を何とか突破したいというのが,今回の単位互換制度です。

 ところで,かつて桑原武夫というフランス文学専攻のすぐれた文学者・思想家が,日本人は○○大学の○○と自己紹介して,○○専攻の○○といわない,と嘆いておられましたが,いまでも日本人大学生や大学院学生のアイデンティティは,専攻領域よりも所属大学に強く依存しているのではないでしょうか。もちろん,諸外国でも色んなケースがあり,一つの日本的な傾向というにすぎませんが,やはり日本的自我が通例,間人主義的であったり,集団主義的であったりするといわれることと無縁ではないでしょう。

 所属大学よりも専攻領域の方が一般にははるかに重要な意味をもつはずの学際的な学会においてすら,大学名で自己紹介して,専門領域で自己紹介しないという日本人研究者のアイデンティティは,やはり問題にされていいのではないでしょうか。

 この度の単位互換制度に参加する院生諸氏は,○○大学を背負うのではなく,○○領域を背負って参加してほしいものです。○○大学の○○というアイデンティティではなく,○○領域を専攻する○○というアイデンティティでお互い新しい仲間と共生して,切磋琢磨しようではありませんか。

 グローバルな社会でも国家と国家のあいだで事がすすむ international な処理のかたわらで,お互い国家の枠を超えた市民と市民との協力や合意が大きな役割を期待されるtransnational な時代へと移行しつつあります。昨年の阪神・淡路大震災でも,パソコン・ネットワークが大きな役割を果たしましたが,これも inter-organizational というよりは,trans-organizational なコミュニケーションの重要性を物語っています。

 ついつい私の専門領域の生地がでて,理屈っぽい話になりましたが,大学院社会学分野の単位互換制度の運営も,inter-college の精神ではなく,まさに trans-college の精神で進めたいものです。○○大学の○○ではなく,○○領域の○○として大いに出会いを楽しもうではないか,と広く呼び掛けたいと思います。

 

                                                    1997年4月

 

 

 

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